Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 01st, 2012

昨日、無事にPontaしっぽフリフリの去勢手術が終わりました。(ほっ…)

改めて後日アップしようと思います。(‐^▽^‐)

クローバー

その前に、私と犬にまつわるお話を書いてみたいと思います。

以前のブログに柴犬「しろ」のことを書いたことがありますが、私には他にも柴にまつわる話がたくさんあります。私の幼少期には柴犬を飼っていました。高校卒業後は実家を出ましたが、大学卒業するくらいまで実家には柴がいました。

初めての柴犬はクウ。
クウはメスだったので何度か子どもを産みました。その中の子がまた母となり子を産み…と、里親の元に行った犬たちも含め、何頭の柴犬(特に子犬)と触れ合ったか分からないくらい、常に私の側には柴犬いました。
クウですが、3歳くらいの時にジステンパに掛かってしまいました。
毎日獣医さんが来て注射をしていたのを覚えています。それはどうやら痛み止めだったようで、それくらいクウは辛い状態を頑張っていたのでした。看病の甲斐なくみるみる弱ってゆき、間もなくして獣医からは余命わずかと告げられました。

そんなときに…
両親に2日ほど外出しなければならない用事ができました。両親は私と兄で留守番はできないと、家族みんなで出掛けることになりました。

「行かないっ」「行きたくないっ」「留守番できるっ」
そう、何度も何度も言ったのに…しまいには我が侭だと父に叱られて…。
私たち家族はクウをひとり残して行ったのでした。

「早く帰りたいっ」「クウが無事でありますように…」
私の心にはその思いしかありませんでした。きっとこのとき一番気を揉んでいたのは、クウが一番なついていた母であったと思います。

家に着き、私は車から降りるなり一目散に玄関先の犬小屋に向って走りました。

「 … … 」

クウは、庭先の水たまりの中で亡くなっていました。。。

あじさい

クウはとても賢くて警戒心が強い犬でした。知らない人や見るからにアヤシそうな人を見ると唸って構える番犬中の番犬、家族には忠実でやさしいほんとに柴犬ぽい犬でした。

当時、我が家は農家さんだった借家住まいで、山の麓に田んぼが一面に広がり、冬には「キツネ」や「たぬき」や「鹿」にも遭遇したことがあるくらいの環境にありました。

きっと、クウは家を守ろうと弱った身体で立ち上がり、一生懸命吠えたに違いありません。
そして、そのまま力つきてしまったのだと思います。
クウは冷たくなっていましたが、完全には硬直していなかったので、亡くなったのも私たちが帰宅するほんの数時間前の朝方だったと思います。

悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも…

このとき私が受けたショックと悲しみと後悔と両親(父)への憎しみと自責の念と…
とにかく一晩中泣きました。毎日毎日泣きました。何日たっても悲しみは去ってくれませんでした。
クウの横たわって死んでいた姿は、今でも思いを繋げば鮮明に「絵」として甦ってきます。
あのときの私に戻れば…いくらでも涙がでてきてしまいます。
あの日の思いや気持ちはとても言葉では表現しきれません。

はじめて味わうことになった感情の一つでした。。。

(続く…)

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