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• 金曜日, 7月 17th, 2009

幸せってなにで…幸せってどんなときで…幸せってどこにあるのだろう…

何度となく、誰もがそんなことを考えた(る)ことがあるかと思います。

でも、人は何か辛い状況や悲しい出来事に直面しているとき、自分の生

活の中で感じる小さな”幸せの”ano”さえ見えなくなってしまいます…。

 

朝起きて交わす観葉植物たちとの”おはよう”の言葉や水やり…外は快晴!

窓をあけるとやさしく顔をなでてくれる清々しい風…好きな香りのハーブ

ティーを入れながら朝のメールチェックで始まるあの時間… ”今日もよろし

くね”とi-Robotのハートにスイッチを入れて始まるフロアークリーニング…

”いってらっしゃい♪今日もいい一日をね~”と出勤する主人を見送るとき…

 歩いている道々で、柴(犬)くん発見したとき…etc,etc…


たとえば、これらは私の中の小さな幸せの”ano”です。

こうした幸せのanoは誰の中にも備わっています。なにを幸せと思えるか

で人生大きく変わってくるように思います。世界中を見渡せば、私たちに

とって当たり前と思っている平和な生活とは真逆の中にある人たちもいて。

比較して幸せを感じるものではないけれど、そう思うと、どうあれ、毎日

こうして生かされているということに”感謝”なのだとしみじみ思います。

 

今、辛い出来事や悲しい状況にあってどんなに絶望感に襲われていたとし

ても、それだけで人生のすべてが終わるわけじゃない。宇宙と自分を繋ぐ

すべての光の通路を閉ざし、殻の中に閉じこもるのはやめよう。自分の中

にある幸せのano を出来るだけ多く見いだしてみよう。今日1日の幸せを

十分感じ、自分の中にしかない幸せのanoが芽を出してどんどん大きな幸

せに育ってゆくのをイメージしてみよう。きっと、これまでにはみたこと

もない美しい花を咲かせるのではないか… 私はそう思うのです。

 

 

”ano”はハワイの言葉で”種”を意味します。

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