Archive for ◊ 2月, 2012 ◊

Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 29th, 2012

今年東京での2度目の大雪っ!都心では2cmの積雪とニュースになっておりましたが…なんのなんの、ここ西東京では確実に5cm以上は積もったように思われます。Ponta午後の部の散歩にて、まだ誰も踏み入っていない白銀の空き地で^^確認っ。。

それにしても…なぜ?犬は雪が好きっ。。

彼はお散歩(Pee&Poop)そっちのけではしゃぎまくっております。おまけに鼻先ですんすんと雪をほりほりして食べまくり。。

お腹壊さないといいけれど…^^::

明日は気温15度まで上がるとか… 寒暖差をもってだんだん春になるのですね〜♪

みなさまお足下には気をつけて。。

Author: Sachiko
• 土曜日, 2月 25th, 2012

ことばにもエネルギーがあります。言霊ともいいますね。
ありがとうの言葉や、思いやりのある言葉や行いは人の♡ハートを開きます。

あらためて、自分から出す言葉や隣人に使う言葉には愛あるものを選びたいなと思いました。

Ponta!! I love you~♡you are good boy~♡ so cute~♡…犬も言葉(きっと言葉にある波動なのでしょうね)わかるんですよ。。^^

Author: Sachiko
• 木曜日, 2月 23rd, 2012

こと、ポーザルームで現代レイキを習得されたみなさまにはおススメしたいと思います。

瞑想については、現代レイキでは「レベル3(神秘伝)」から深く触れてゆきますが、レベル1(初伝)やレベル2(奥伝)の課程で実践中のみなさまにも積極的に実践をおススメしたいと思います。

「どうやるの?」… 型ややり方にこだわってあれこれ頭で考えることは必要ないと思います。ですが、ある種エネルギーワークでもあるので自己流であれこれやって神秘体験を求めないことです。自然体であること、力まずリラックスすることが重要です。レイキでもお伝えしている通りです。

ヒーリングをするときと同じ要領で、ゆっくりと呼吸をし高次の波動に意識を繋ぎ、あとはリラックスして身を委ねてください。(現代霊気法のCDを持っている方は「光と祈りの瞑想」がいいでしょう)

レイキにもいくつか流派のようなものがあるように、瞑想にも伝授法であり、指導(者)であり、ある種の型:形のような違いはありますが、根底にある宇宙真理は同じだと思います。

ヒーラーは、常に自分自身のパイプをクリアーにし純粋な宇宙エネルギーを受け取り、そして、ヒーリーに癒しの波動を伝授してゆきたいものですね。まずは自分。自らが受け取り、心身のおそうじ。カルマのおそうじ。いらない物をどんどん手放して心身ともに代謝アップしてゆきましょう。

3月の啓蟄の頃までは、特に内観の期だと言う気がします。瞑想は、毎朝毎晩の歯みがきみたいなもの。毎日の習慣として身についたら身も心もクリアー!最高ですね。

☆さちぽざ四方山話☆

毎日の瞑想によって、私の”癖”にもなっている左側の首筋や肩、仙骨尾骨あたりの”うずき”が3日目あたりで消失しました。

不具合はフィジカルな要因(例えば、無理な体勢が続いて腰痛になったなどというように)…この他に、スピリチュアルな視点でみた要因もあると私は思っております。

例えば、明らかにそこに痛みや不具合があるのに、病院で検査しても「問題なし」と診断されるケースはよくあります。痛みの原因がどこにあるかわからない…こんなときにはレイキや瞑想で軽減していることもよくあります。科学的なデーターやエビデンスを私からは出せませんが、事実「軽減した」という結果をもたらしたのです。個人差もあるので、断定して言えませんが、少なくとも、私はそういう癒しのエネルギーが働いているということを実体験しています。

(それから、誤解なきよう一言加えます:「体調の不具合があるときは適切に医師に相談し検査することは怠らないようせつに願います!」)

あと…
これは話半分で聞いといてください…^^:

我が家のPonta….私が瞑想する部屋にいると「おならを頻発っ!」くっさっ。。><

これって、浄化の一つなのだろうか…(笑)

Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 22nd, 2012

この2、3日お腹の調子が悪かったPonta…

今朝のお散歩のPoo、やややわらか目でしたが…^^:
ピーピー状態はなくなりました。ほっ。よかった…≧(´▽`)≦

いつもの通り気持ち良さそうに寝ております。

おまんじゅうみたい。。。( ´艸`)

おいしそう~(笑)

みなさま体調にはお気をつけて!今日もいい日で〜♪

Author: Sachiko
• 金曜日, 2月 17th, 2012

今日は、ある瞑想の伝授…しっかり受けて参りました。(レイキとはまた違った感覚が…)

ん。。。やはり。人が毎朝顔を洗うように…

これからの時代、瞑想はそんなふうになってゆく…

って、いうこと再確認でした。(私もやってるくらいだしね…^^)

で… 1つには、カルマを落とす作業でもある…と。なるほどな。。

また詳しくは後日に〜♪(←って、どこまで書けるか*伝わるか*分かりませんけど…^^:)

h

不思議なのは、先週から続いていた腰痛(例によって尾骨仙骨付近です^^;)がいま軽くなっている…

そんなものかもしれないです…。いや、そう〜そうなんだよね。。って納得でもあり。。。

j

さあ、今夜から東京も雪がちらつく様ですけれど…

みなさま足下にはお気をつけて^^いい週末をお過ごしください〜♡

Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 15th, 2012

黄色い花

幼少時代の私…

ある部分では、お世辞にも「幸せな」とは言いがたい環境にあったかもしれません。

もちろん「幸せ」”なんの秤”にかけてみるかでも変わりますが、ここ(このときの私)でいう幸せとは「両親が仲良く」余計な神経を使うこと無く「子どもは子どもらしく」無邪気でのびのびといられる、ごく平凡な家庭像をイメージしてもらえれば充分かと…思います。

犬にまつわる話とは、実は、深くは私と親との関係に根っこの方で繋がります。

幼い頃の私にとって「クウ」(ほか数々飼ってきた柴犬たち)は、”自分のままでいること”を唯一許された対象だったのだろうと思います。

父は感情の起伏がとても激しい人でしたので、良くも悪くも、子どもに対してだろうと誰であろうとすべてに遠慮ない人でした。いいか悪いかは別にして、事の「善悪」「白黒」には相当厳しかったです。その上、父の言うことには服従で、反することは絶対に許されない―というくらい極端に支配的なところがありました。

父と母が夫婦けんかをしているのは日常茶飯事。子どもなりの視線でしかないので、けんかの原因を深く理解できなかったと思いますが、一番辛かったのは、口げんかにとどまらず物が壊されたり母に対して暴力があったり…それは子どもには堪え難い光景でした。この頃からそんな父に抵抗があり、本音では決して接しないもう1人の自分像が出来はじめたころだと思います。


ふつうの子どもとして「甘えたい」「素の」自分は封印です。

どうしたら両親がけんかをせずに穏やかでいられるか…

それは無意識に、もう1人の自分に刷り込まれてゆきます。親にとって「いい子」「出来る子」「活発な子」…といった具合に。まさに自分ではない自分を演じる女優みたいです…(いまなら芦田茉奈ちゃんになれたかも^^ )

心から無邪気に、なにも考えずに安心して毎日を楽しく過ごすといった日は無かったかもしれないくらい、私は常に場(家庭)の空気(人の顔色)を見るような子どもだったと思います。


でも、その反動はどこかに出ます。”出て”よかった…”出る”ことで自分自身のバランスを保っているのです。何らかの”出る”がないと心身の崩壊に繋がる…そういまでは強く思います…)

幸運にも、私の”出る”は、非行に走ったり、自暴自棄になったり、心身崩壊に繋がることはありませんでした。ですが、順調にもう1人の自分を作り上げてゆくのでした。

そんな私が、抑えている本来の自分:弱くてダメダメで泣き虫で我がままをいえて甘えられて:素の自分で接することがきたのが「クウ」をはじめとした柴犬たちの前だけだったのです。

どれだけ信頼をおき、どれだけ愛情を注ぎ、どれだけ頼りにしていた存在だったか。。。

あじさい

人生初の感情…

一番大切なひとが、ある日突然、自分のせいで、この世を去ってしまう…

よりどころを失った幼き私にとっては、自分の一部が消えてなくなったような感覚でした。

同時に、

自分自身を責めました。いつ逝ってもおかしくないと言われていた大切な心友を置き去りにしてしまったのですから。

そして、同時に、

心の奥深いところで「憎しみ」という感情が湧きました。

それは、紛れもなく父に対するものでした。

(続く…)

Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 08th, 2012

昨日は、主人の3ヶ月検診(血糖値&コレステロール値)でした。

結果、再び数値はアップしてしまいました。いつもなら嬉々として検査票をみせてくれるのに、昨日はなんだかんだ言いながらとうとう見せてくれなかったので、きっとこれまでになくグンっと数値がアップしたのだと察します。。

一昨年「毎日の足もみ」と食事や適度な運動に気を遣うなどして、ほぼ正常値!と言われるところまで回復させることができました。その後1年は、コンマ1前後を推移してましたので「やっぱり気長に治してゆくしかないね…」と言っていたのでした。

昨年、 11月に義母が亡くなり10日間ほど主人はアメリカへ帰国しました。そして再び12月に入り2週間。この間に彼の食生活が乱れてしまったのは言うまでもありません。乱れたというよりは、彼の大好きな甘いものや子供の頃から親しんできたアメリカならではの食べ物がすぐに手に入ってしまう環境になるので、自制するのはよほど意思が固くないと難しいことかもしれません。(ましてや口やかましく言うヤツ:私:が側にいませんし…)

やっぱり。。。アメリカへ行ってから簡単に!5kg以上の体重増加をしてしまいました。

昨年中、可もなく不可もなくの腹這い状態で数値が推移していたことにも油断を誘発したのかな…なんて思ったりもしています。(最悪な状態ではない=「このくらいなら大丈夫…」という甘さも出やすくなったのでしょうね…)

彼の場合、もともと甘い物好きで、ピザだのステーキだのとアメリカンな食事を好みます。(その上に好き嫌いも激しい…)そして、生活スタイルはインドア派なので、放っておけば自らで運動(スポーツなど)はしません。よほど自分を律しないと生活習慣自体を改善することは難しいとも言えます。

多くの方が経験しているように、食事制限によるダイエット中に一旦リバウンドしてしまうと元に戻すのは至難の業ですよね。「食べなければいい」というような単純な事ではすみません。習慣とは字のごとく、一日にして出来上がったのもではないので、心身ともに習慣が定着するのには、日々の悪癖を断ち、継続して良い習慣を身につけてゆく他ありませんね。

私もここで原点回帰です!!

数値を正常値にした頃は、毎日彼に「足もみ」をしてあげていました。今は互いの生活時間帯異なるので、さすがに毎日の施術は難しいので「足もみローラー」をかけてもらっていました。ですが、昨年の後半くらいからローラーをかけてる日を見なくなっていたのに…知っていてあえてうるさく言わなかったのも反省、私自身に対しての甘さ(面倒だから… ><)です。。。

今日から本気で食事改善する!と主人も宣言しましたので、また二人三脚、私も含めて生活の見直しをしてゆくことにします。j

自分を「律する」。ときどきの自分点検には必須事項ですね!^^:

この方も肥満にならないよう気をつけます〜!

Author: Sachiko
• 日曜日, 2月 05th, 2012

特に幼少期の頃の私は(クウが亡くなったのは私が8歳の時でした)「友達が少ない」子どもでした。

近所には同級生もいたので時々一緒に遊びはするものの、女の子にありがちな毎日一緒にいて仲良しというような付き合いは全くなくて、担任の先生にも友達が少ないことを心配され、通信簿の父兄へのコメント欄に度々書かれていたのを覚えています。

私はどちらかと言うと外向きには活発な子でしたが「ほんとはわたしも」…。内心では”心から仲良くできる友達が欲しい”と切望していたように思います。健気にも子どもなりの努力はしていたなぁ…あの頃…。ですが、結果、一人でいることが多かったように思います。

ある日、近所のお母さんたちが何やらヒソヒソと井戸端会議をしてました。私が歩いて来るのを見つけるなり”ピタッ”と話しを止め、にこやかな作り笑いをして私が通り過ぎてゆくのを見いやると再び話をはじめました。このときの光景は今でも記憶にあり、私に向けられた視線に胸がどきどきするようなぎゅーっと締め付けられる感じがあったのを覚えています。

どうやら我が家の噂話をしていたようでした。

「さっちゃんとは遊んじゃいけないっていわれたもん…」そう友達に言われたことがありました。どれだけグサっと胸に刺さり悲しかったことかしれません。子どもとは正直ゆえにときに残酷なものです…

当時の我が家は家庭内が複雑で、両親は別姓でした。確かに、私(たち兄妹)にとって辛かった話は山とありましたが、ことに狭い田舎社会では、よくも悪くも話には尾ひれがついていて、裏ではあまり良くは見られていなかったようでした。

昨今「いじめ」は社会問題として大きく取りだたされてますが、今から思うと、私も結構ないじめにあっていたんだなぁ…なんて思います。性格的に負けず嫌いだったせいもあり、どんなにいじめられてもそれに屈することはありませんでした。いじめは特に男の子が多かったように思いますが、悪口やヨタ口をたたかれても、私も口では負けてなかったような…。

やられたらやり返す…。

ただ、腕力では負けるので、教室内(勉強です)でやり返す。「どうよ、あんたなんか私に勝てないんだから…」そうやって相手を見下してやることくらいしか、己を守る方法が無かったのだと思います。

そうなると今度は、無視や仲間はずれにされたりとなるのですが、それでも懸命に平気な顔してみせてましたね。そんなふうに一生懸命表面的にツッパってみせているものですから、真の私は:とても傷付きやすくて脆い部分を押え込み一杯一杯だったように思います。安らぎを求めたい家庭内でも両親がけんかしていることが多かったので、幼いながらに孤独感は常に胸の中にありました。

★☆

そんな私にとって、

悔しくて、悲しくて、寂しくて…

人知れず声を押し殺して泣くのは、布団の中とクウの前でした。

クウは私の前に座り「どうしたの?」というように首を傾げ、
涙でぬれた私の顔をなめてくれるのでした。

「今日ね… ○○があってね… 」

クウはいつも私の話し相手でした。

★☆★

クウです…

大好きで大好きで、大切で大切で、唯一心を開くことのできた親友。

そんな愛おしいクウが…

ある日突然、

別れ目にも会えずして、私の前から去ってしまったのですから…。

j

(続く…)

Author: Sachiko
• 木曜日, 2月 02nd, 2012

Pontaの去勢手術レポです…
1/30に無事、終りました。

その日の朝11時にPontaを動物病院へ連れてゆきました。(なんとなく「なにかある?」と彼も分かっていたような感じでしたね…)朝の散歩しながらにその足で行きました。

動物病院の前にくると、やさしいDRとお母様や受付のお嬢様に(たぶんDRの娘さんかと思われます。お顔が似てますし。どうでもいいことですが…(^_^;)
会えると思ったのか「行く行くモード」でリードを引っぱってドア前まで行きました。(。・ω・)ノ゙
(彼は今日どんなめに合わされるのかなんて…知る由もありません…)

DRとあれこれお話をしながらに…

「今日はよろしくお願いします…」

最後にPontaを預け、DRは彼を連れて奥の部屋(オペ室)へ消えてゆきました。
Pontaも騒ぐこと無くしずしずとDRにつれられ見えなくなりました。。。

「Ponta…がんばってね…」

クローバー

夕方、お迎えの時間となりました。
病院のフロアーで待つ私と主人をみるやいなや、いつものように@横耳水平@しっぽ激ふりで
く~んく~んと泣きながら私のところに飛び込んできました。。。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

主人は「Oh~Ponta…really loves mama…」と、ちょっと( ´(ェ)`)なるくらい、ほんとに
私のところへまっしぐらだったのです。。。( ̄□ ̄;)!!
そして、その夜も次の日も…片時も私の側から離れようとしないのでした・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

いつもなら主人のところに行って遊んでもらったりして気まぐれなのに…
なんで?って思うくらい、私にべったりだったのです。。。

すぐに膝の上にきて離れようとしない Ponta…

これって… 母の気持ち…!?

実際、私たちには子どもがいないのでわかりません。
でも、Pontaに母にさせてもらったような気持ちになりました。

あじさい

帰宅後…
Pontaの様子を見守るも、術後の局部を舐めてしまうので紙パンツを履かせて直接テープ(局部)
に当たらないようにしてみました。

まるでBaby…≧(´▽`)≦

翌日…
紙パンツ効果は高かったのですが、舐めたせいでテープが接がれ縫合糸が見えてしまったので
朝の散歩のときに、主人に動物病院に立ち寄ってもらいました。

主人曰く、 Pontaは病院前に来ると喜んで「入る入る」モードではしゃぎ、中に入るや否や
急に逃げ出すように帰りたがる素振りに変わったというのです。。。そして、
いつもは平気なのに、診察台に載せられると急にブルブルと震えはじめたのだそうです。。

やはり…
手術のとき 彼は「恐かった」に違いありません。。

クローバー

そして、今日で術後3日目になりました…
あんなに「ママ~~~~」とべったりだったのに…
Pontaはすっかりマイペース取り戻しています。。。(-x-;)

って、少し寂しいような気もするけれど…

それよりは…

ちょっとぐったり…

順調に原状回復しこれまで通り元気になってくれますように。。。We love you..ラブラブ

Author: Sachiko
• 水曜日, 2月 01st, 2012

昨日、無事にPontaしっぽフリフリの去勢手術が終わりました。(ほっ…)

改めて後日アップしようと思います。(‐^▽^‐)

クローバー

その前に、私と犬にまつわるお話を書いてみたいと思います。

以前のブログに柴犬「しろ」のことを書いたことがありますが、私には他にも柴にまつわる話がたくさんあります。私の幼少期には柴犬を飼っていました。高校卒業後は実家を出ましたが、大学卒業するくらいまで実家には柴がいました。

初めての柴犬はクウ。
クウはメスだったので何度か子どもを産みました。その中の子がまた母となり子を産み…と、里親の元に行った犬たちも含め、何頭の柴犬(特に子犬)と触れ合ったか分からないくらい、常に私の側には柴犬いました。
クウですが、3歳くらいの時にジステンパに掛かってしまいました。
毎日獣医さんが来て注射をしていたのを覚えています。それはどうやら痛み止めだったようで、それくらいクウは辛い状態を頑張っていたのでした。看病の甲斐なくみるみる弱ってゆき、間もなくして獣医からは余命わずかと告げられました。

そんなときに…
両親に2日ほど外出しなければならない用事ができました。両親は私と兄で留守番はできないと、家族みんなで出掛けることになりました。

「行かないっ」「行きたくないっ」「留守番できるっ」
そう、何度も何度も言ったのに…しまいには我が侭だと父に叱られて…。
私たち家族はクウをひとり残して行ったのでした。

「早く帰りたいっ」「クウが無事でありますように…」
私の心にはその思いしかありませんでした。きっとこのとき一番気を揉んでいたのは、クウが一番なついていた母であったと思います。

家に着き、私は車から降りるなり一目散に玄関先の犬小屋に向って走りました。

「 … … 」

クウは、庭先の水たまりの中で亡くなっていました。。。

あじさい

クウはとても賢くて警戒心が強い犬でした。知らない人や見るからにアヤシそうな人を見ると唸って構える番犬中の番犬、家族には忠実でやさしいほんとに柴犬ぽい犬でした。

当時、我が家は農家さんだった借家住まいで、山の麓に田んぼが一面に広がり、冬には「キツネ」や「たぬき」や「鹿」にも遭遇したことがあるくらいの環境にありました。

きっと、クウは家を守ろうと弱った身体で立ち上がり、一生懸命吠えたに違いありません。
そして、そのまま力つきてしまったのだと思います。
クウは冷たくなっていましたが、完全には硬直していなかったので、亡くなったのも私たちが帰宅するほんの数時間前の朝方だったと思います。

悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも…

このとき私が受けたショックと悲しみと後悔と両親(父)への憎しみと自責の念と…
とにかく一晩中泣きました。毎日毎日泣きました。何日たっても悲しみは去ってくれませんでした。
クウの横たわって死んでいた姿は、今でも思いを繋げば鮮明に「絵」として甦ってきます。
あのときの私に戻れば…いくらでも涙がでてきてしまいます。
あの日の思いや気持ちはとても言葉では表現しきれません。

はじめて味わうことになった感情の一つでした。。。

(続く…)