ブログ

ブログ

2015年7月8日

答えを急がない

ここ最近思うことがあります。コトはおわらないってこと…(なんだそりゃ!?って^^:)

私が20代の頃、なにかとストレス過多な生活だったなぁ。仕事は結構真面目にしていたと思いますが、なにせ、この性格なものだから^^: 良く言えば実直、ストレート、正直、正義感!責任感!満載、白黒はっきり!…ようは自分の”弱さ”←と、実はこれも自分で思い込んでしまったものなんだけどね)の裏返しでもあって

@こんな◯◯な人間ではダメだ!が根底にあるものだから、自他共にキビシくなるわけです。(笑)

ストレスで身体が疲弊して、激しい頭痛と吐き気で立っているのもままならない(><)それでも意地でも会社に行く…をしていたときに、尊敬していた方から「なんでも答えを急がないことだよ」「◯◯さんは根が真面目だからねぇ…ほら肩の力をもっと抜いてさ!」と、ガッチガチの私を解してあげようと思ったのでしょう、やんわりした口調に優しい笑みを浮かべて言われたので…

「まじめの何がイケナイの!」ふんっ。。

て、本気で言ったきがします。(笑)

わかるなぁ。いまだから!

わかるなぁ。若き私のことも!

わかるなぁ。そのひとの言わんとしていたことも!

そんなものです。ひとの成長にもそれぞれに段階があって、分からないときに何を言われようと身に入ってこないし、ましてやそれを頭(マインド)で理解しようにも、そこで感じていること向き合っていることがライブであり未知なわけだから、ただちに腑に落ちて分かるはずないわけです。だから”ソレ”でいいのだ。ソコにいる人がいたら愛で見守る…ソコにいる自分のことを愛で信頼する…

人はともすると、すぐに結果や答えを求め欲しがります。それが悪いということではなく、何事もやってみないと分からないし、実践を積まないと結果なんて出るわけないです。実践の中でつまづいたり失敗したりときに良かったり…そういう課程(継続)の中にしかヒントとなるものはないとしみじみ思います。

先日のワールドカップ!なでしこが美しかったです。優勝は逃したけれど、準優勝まで来るって並大抵じゃないはずです。今回優勝出来なかったことを勝負の世界で言うなら負けなのかもしれませんが、この挫折はきっと宝になることでしょう。みなの顔をみたでしょ。悔しかっただろうと思います。でも、とてもキラキラしていて誇らしかったです。

なにを以て「答え」とするのか

これも人それぞれで違うものだから。焦らず腐らず。頑張るときは頑張る!やる時はやる!そのままの自分でいい…その言葉ヅラに依存したらそれこそ答えなんてみつからないよ。なまけそうになる己を律することも大切だし、バカ真面目にやっている自分を励ますことも褒めてやることも、くじけそうになっているときも…ともにあれるのが自分自身なんじゃないかな。そういう意味で自分をまるごと愛してゆけたら、どんないまも輝きを持ちはじめるよね。

人とは救済を求めるし悩むし揺れるし…ゆえに安心立命を求めるものなんだなって、いまさらに思います。

だからこそ、芯がぶれない生き方…したいものです。