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2013年7月29日

感謝とは内からわき起るもの

昨日は、阿部さんの「いまここ塾」in 東京へ出かけました。ワークと重ならなければ、ほぼ毎月恒例!?で参加(お勉強^^♪)しています。6月のチェンマイへ参加したこともあり、いまここ塾をご縁に、新たなお仲間との繋がりも出来はじめ♪ その中ではごくごく自然体:変わり者:の自分で触れ合える…のも、1つの楽しみなのかもしれません。。

さて。昨日の阿部さんのお話も聞きごたえがあったなぁ〜。本やブログでは味わえない生:ライブ:の感覚はそこにいないと分かりません。ひょっとしたら毎回同じことを(←とは真理ということで)を話されているのでしょうけれど、きっと、会場に集まっている人たちの波動も加わるので、心身で受けとるものは毎回違い、いつも新鮮さを持って入ってきます。(だから私は行くんだろうな…)
どの話もフムフムなるほど〜!と聞いているのですが、どなたかの質問から広がったお話で「感謝」ということについて阿部さんが話されたことが、今回の私の「なるいち」(なるほど一番ってこと)フックになった1つでした。

「感謝」とはするものはなく、しようと思っても出来るものではない
なぜなら「感謝」とは、内から湧き起るものだから

感謝の気持ちを表すこと、またそうする姿勢も大切だと私も思います。で、感謝出来ない人はひとでなし^^:くらいな感じもあったりして、思えるひとは@善で、思えないひとは@悪、くらいな大雑把な線引き、どこかにありはしないか?(…私の中にはあるような気がした。善悪というより、寂しいひと、憐れなひと、というような負のイメージに近いです)だからって、そのひとは必ずし悪人じゃないしダメなヤツというわけじゃない。
ただ、感謝しているようなふりをしている人よりは、もしかしたら、感謝のないそのままを生きている人のほうが、ある意味で誠実なのかもしれない…。なんて。
ん…どっちもイヤだが、不誠実な賢者より、誠実な愚か者の方がまだましかなって。。^^:

「感謝」って、生きているとそう思う(思える)こと多々あるのも確かです。でも、感謝という言葉だけが一人歩きすると、あっちでもこっちでも感謝、感謝って… 聞くほどに偽善ぽくって「ほんとにそう思ってるのか?…なんでもかんでも嘘っぽいんじゃ」って、へそ曲がりな私には感じることけっこうあるなぁ〜って。だって、感謝しようにも湧き上がって来なければ感じようも無いわけでしょ。幸せな状況しか知らない人には、もしかしたら感謝っていうものは分からないかもしれないじゃないかと。

ああ…ありがたい。

そう思える(感じる)には、究極(陰)と究極(陽)を体感する必要があるということ。そうか、だから私は辛苦を体験する必要がありそうして生きているわけか。_そう思えればすべてに感謝しかなくなる_のかも。(禅問答みたい〜@@)阿部さんがいうように…

💗

なんでも知ろうとしなくていいんじゃない?
神秘は神秘のままにしておこう。
そして自分に都合のいい「仮の答え」を使って、人生を生きていこうよ。

と、昨日のいまここはそんなお話でした!

今週も元気に参りましょう〜♪ 一日いち瞑想 一日一リセット

買ったのに…あれからずっと…きょうも雨… でも^^: 雨に感謝してます〜♡

P.S. 夕方ニュースを見た…北陸地方が大変なことに(>-<) 最近は異常気象というしかないですね。ほどほどにバランスよい雨の恵みを祈ります。。