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• 水曜日, 2月 15th, 2012

黄色い花

幼少時代の私…

ある部分では、お世辞にも「幸せな」とは言いがたい環境にあったかもしれません。

もちろん「幸せ」”なんの秤”にかけてみるかでも変わりますが、ここ(このときの私)でいう幸せとは「両親が仲良く」余計な神経を使うこと無く「子どもは子どもらしく」無邪気でのびのびといられる、ごく平凡な家庭像をイメージしてもらえれば充分かと…思います。

犬にまつわる話とは、実は、深くは私と親との関係に根っこの方で繋がります。

幼い頃の私にとって「クウ」(ほか数々飼ってきた柴犬たち)は、”自分のままでいること”を唯一許された対象だったのだろうと思います。

父は感情の起伏がとても激しい人でしたので、良くも悪くも、子どもに対してだろうと誰であろうとすべてに遠慮ない人でした。いいか悪いかは別にして、事の「善悪」「白黒」には相当厳しかったです。その上、父の言うことには服従で、反することは絶対に許されない―というくらい極端に支配的なところがありました。

父と母が夫婦けんかをしているのは日常茶飯事。子どもなりの視線でしかないので、けんかの原因を深く理解できなかったと思いますが、一番辛かったのは、口げんかにとどまらず物が壊されたり母に対して暴力があったり…それは子どもには堪え難い光景でした。この頃からそんな父に抵抗があり、本音では決して接しないもう1人の自分像が出来はじめたころだと思います。


ふつうの子どもとして「甘えたい」「素の」自分は封印です。

どうしたら両親がけんかをせずに穏やかでいられるか…

それは無意識に、もう1人の自分に刷り込まれてゆきます。親にとって「いい子」「出来る子」「活発な子」…といった具合に。まさに自分ではない自分を演じる女優みたいです…(いまなら芦田茉奈ちゃんになれたかも^^ )

心から無邪気に、なにも考えずに安心して毎日を楽しく過ごすといった日は無かったかもしれないくらい、私は常に場(家庭)の空気(人の顔色)を見るような子どもだったと思います。


でも、その反動はどこかに出ます。”出て”よかった…”出る”ことで自分自身のバランスを保っているのです。何らかの”出る”がないと心身の崩壊に繋がる…そういまでは強く思います…)

幸運にも、私の”出る”は、非行に走ったり、自暴自棄になったり、心身崩壊に繋がることはありませんでした。ですが、順調にもう1人の自分を作り上げてゆくのでした。

そんな私が、抑えている本来の自分:弱くてダメダメで泣き虫で我がままをいえて甘えられて:素の自分で接することがきたのが「クウ」をはじめとした柴犬たちの前だけだったのです。

どれだけ信頼をおき、どれだけ愛情を注ぎ、どれだけ頼りにしていた存在だったか。。。

あじさい

人生初の感情…

一番大切なひとが、ある日突然、自分のせいで、この世を去ってしまう…

よりどころを失った幼き私にとっては、自分の一部が消えてなくなったような感覚でした。

同時に、

自分自身を責めました。いつ逝ってもおかしくないと言われていた大切な心友を置き去りにしてしまったのですから。

そして、同時に、

心の奥深いところで「憎しみ」という感情が湧きました。

それは、紛れもなく父に対するものでした。

(続く…)

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