Author: Sachiko
• 金曜日, 10月 08th, 2010

人にはいくつかタイプがあって、そのことについては各方面で研究や分析もされ、そういう類の著書を

読んだりすると、言われてみれば”なるほど”と思ったり面白い発見があったりして興味深いですよね。

自分ってどんな人か?と、仮に『私は…タイプです』と自分自身にプレゼンするとしたら、どんなふう

に答えるでしょう。思い当たることをワードで書き出したりしてみて、改めて自分のことを客観視して

みるっていうのも、自分と向き合うといいますか、単調な生活にあきあきしているようなときには刺激

材料になったりもするので^^いい作業かも…と思っています。(が、自分とは?を深刻になって突き

詰めると、精神の破壊にもなりかねません…ので、あくまでも自分と調和することを目的に。。。)

k

自覚している自分、”…だ”と思い込んでいる自分、自分ではよく分かっていない自分、潜在的なものな

ので”これ”という確かなものとして見えてはいないんだけど、”これ”が根ざしているということだけは

認知していて、あえて”これ”を隠そうと自らが「演じて見せている」自分、(実は”これ”とはまさしく

自分にとってとてもやっかいなもの…)など…etc,etc。。最後のものは、まったくの無意識の場合と、実

は自覚している場合とがあるように思います。(ここについては精神分析の分野になるので 実に難しい

ところではありますが…私の中にもそういう部分がありました。。)

k

人はどこかに、自分のことを知ってもらいたい、受け入れてもらいたい、認めてもらいたい、愛されたい

という自然な欲求が存在していると思います。その一方で、ときに自分をさらけ出すことに抵抗や恐れも

伴うもの…。そういう欲求と抵抗が極度に傾いたものに陥ると、人との関係を壊し、果てには、自分が壊

れてゆくことに繋がると思うのです。

”ほどほど”というバランス感覚を保てることは、これこそが心身が健康である基本だなとしみじみ思う。

j

近年はスピリチュアルブームといいますか、その言葉自体が市民権を得たような時代になっているので、

『自分自身と繋がる』という言葉も頻繁に耳にするようになったと思います。ですが、正直、繋がるっ

て?どういうこと?か、分からない人も多いのではないかと言う気がしています。そこが曖昧で繋がろ

うと様々な手段(セッションだの呼吸だのヨガだの瞑想だの…レイキもしかり!)をしたところで、形

だけでずっと『?』のままではないかと。スピリチュアルなことや”癒し”なることは、現実逃避とは違

うということ…。やはり、今の自分をありのままに知り受け入れること、イヤな自分も、嫌いな自分も、

あきれる程ダメな自分もしっかりと。そこを越えては本当の癒しなんてないし、調和なんてあるわけも

なく、ましてや『自分自身と繋がる』ことはないでしょう。自分を愛するって、まずはそこからじゃな

いかな。

j

”いいじゃんそんな自分でも!”と、

この究極の開き直りができたとき、ようやく心の縛りを解き放つ気がします。

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2 Responses

  1. 1
    HAPPLISS BLESS YOKO 
    日曜日, 10. 10月 2010

    「心の縛り」の変化を感じる今日この頃。
    「自分のことを知ってもらいたい、受け入れてもらいたい、認めてもらいたい、愛されたい」が
    「相手のことを知ろう、受け入れよう、認めよう、愛そう」になっていけるような気がします。

  2. Next stage~♪なるYOKOちゃんですね!
    自己受容ができるようになると、他者をも許し受け入れられるようになる。
    ただ、そのペースも人それぞれです。
    ”そいつ”は、じわぁ〜と自らの愛によって溶けてゆく。。この感覚こそが
    自分と繋がる瞬間でもあり、癒しの過程がはじまるサインだと私は思う。
    これからますます、すべてのことが動き出しますから〜♪^^

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