Archive for ◊ 12月, 2015 ◊

Author: Sachiko
• 木曜日, 12月 31st, 2015

2015年、みなさまにとってはどんな1年だったでしょうか。

わたしは…

ああ…

内なるところにみる喜怒哀楽はやっぱり満載で…ただ、そんな日々の中でも常に中心にゆらぐことなく鎮座する静寂のようなものがありました。

いまの心境をただ一言でいいなさい…というならば、

ありがとう

これしかないです。

ご縁をくださいましたすべてのみなさまに感謝です♡
これからもよろしくお願いします♡

よいお年をお迎えください💗

Author: Sachiko
• 火曜日, 12月 29th, 2015

ひとが壊れるとき… ぶっちゃけ、私たちはみな等しく「紙一重」の状態にあると思うひとりです。唐突ですが、では、

人はどのようにして「壊れる」のか。

人間や動植物や、仮に、いわゆる生きとし生けるものがあるがままに命を生き機能する状態であるとき(こと)を「正常」と定義するならば、あるがままに機能がされないときに非常が現れ障害をうむ_という理屈であり、実にシンプル!ではないか。

例えば、私たちのフィジカル面においては、あるがままの状態に何らかの不具合が起きると、身体の各器官に機能不全を起こして病気を引き 起こすし、外的には負傷などしてダメージを受けするし、心や気分といったメンタルな部分においてはQi:氣:エネルギーバランスが崩れて一気に落込んだり上気し精神が病んだり…ホリスティックに負の連鎖をしてゆく。

こういうことは程度の差こそあれすべての人に起こりうるものです。

少し乱暴な結論ですが、私たちの心身が健全であるためにはあるがままに機能する状態を保って生きる事_に他なりません。ごく自然にそのままに、人として動物として植物として、生きとし生けるものがあるがまままに生きれたらいいのにね…。

あるがままに命を機能させる、あるがままに自身を生きるって、本当に難しいことなんだろうか!?

みな生まれたときは純粋無垢な存在たち
愛らしく生き生きとした生命力で満ち満ちている
それは愛そのものだから愛らしくあり
それ以上もましてや以下などない

それなのに…

生れ落ちたとき、場所、環境、出会うであろうすべてのひと、関わるであろうすべてのこと、その一つ一つのたった少しの違いだけで、その愛はだれも望んだわけではないはずの変容をしてゆくこともある。

社会という掟の中では許されない「はみだしもの」と化すこともあれば、他方、社会的弱者であったり、適応障害というレッテルが貼られ、ますますの格差に自他ともの生き難さであったり、苦しみであったり、悲しいかな皮肉にもその作り出された現象界に自らが身をおくことになる。

ひとはなぜ壊れてしまうのか
愛の不足による生命体機能不全

それしかないとわたしは思う。
色んな原因、背景、関係性はあるでしょうが、それは枝葉であっても根幹ではない。では…

愛とはなにか

私たちは自他共に作り出された現象界を生きること、この命を全うしてゆく中で真に問うこととは、究極この1つだけだとわたしはいまさらに思うのです。

他者がみせてくれるその現象界は、わたしの現象界からみて判断など到底できうるものではない。
ただ、愛の不足による機能不全を起こしている人があるならば、私たち一人ひとりが自身を真に生きることであり、自然に湧き出す純粋なる衝動、いうなれば無償の愛で接してあげたいではないか。それが、そこに生きている当人にとってどんなふうに感じてもらえるかなど考える必要もなく、ただ、生まれた時の愛なる存在のように、自他ともを感じてあげたらいいではないか…

そんなふうにわたしは思うのです。

Author: Sachiko
• 木曜日, 12月 24th, 2015

年中クリスマス…(ほらねっ。。^.-)-☆)

そんなふうにして一年が過ぎ行きやってくる…いつだっていま…

I wish Happy Christmas for you♡ Pray for everything, pray for now…

聖夜に思いを馳せて…ステキなひとときをお過ごしください。。。

シャンパングラスの中にみえる世界では…

Author: Sachiko
• 火曜日, 12月 22nd, 2015

「ご縁」と聞くと、そのSomethingによって自分自身が引き上げられ、縁によって現れた対象と@幸せになれる…みたいなまったく持ってどこからの?根拠のない妄想が湧き上がり^^: 期待するかもしれませんよね、ふつうに。
(期待…これはいまここに向き合って生きてないときに現れたりするシグナルでもあるので要注意…)

でも、でも、果たしてそうなのか!?

「ホントっだれかいい人♡と出会いたい!!」なんていう、ステキな女性が私の回りにもたくさんいます^^ 確かに、みなとても魅力的でステキな女性たちだと思っています。なのになぜ?恐らくは、まだ本人の思いとは裏腹に自分自身のあり方や、深くは潜在意識に押え込んでしまったカルマ的ホコリやトラウマや恐れや…そんなこんなを抱えていることすら私たちの無意識というものがカードしているためか、魂が真に望んでいるご縁(出愛)が「Just in time!!」でやってこれない…という皮肉^^: 思うわりに、ぶっちゃけ、 自分自身のハートをオープンにできなかったり…発信機(自身)がまだ整っていないだけなのよね…と思うわけです。(←かつての私もそうだったから…💦)

自分にとって「いいひと」とは、必ずしもロマンチックな関係にとどまりません。多くはカルマ落としのために出会っていると言ってもいいかもしれない。また、将来的にパートナーとなりうる存在も、はじめから恋愛対象として現れて付合うという図…とは限りませんから。ましてや、

自分自身に不足感があるような時には依存しあう相手を引寄せてしまいます。
(それも気づきのギフトではあるのですがね…)
ご縁も宇宙の采配の1つなので@いつという約束や見通しなんてものはありません。

そして、縁とは「そのひとなり」にあるもの。自分の放っている波動と共鳴するものしか引き合いません。気があう、フィーリングがあう、肌があう、なんていうのもそうですし、もし、仮に嫌なモノゴトの中にばかり自身があるとするならば、自らを変えなさいというメッセージが込められていると思って間違いないと思います。

自分以外のSomethingがあれば@いまよりも幸せになれる…

みたいな期待があるなら、まずはその幻想をさっさと捨ててしまうことだと思います。

去るご縁も、自らに切るご縁も、出会ったいっときに感謝して手放す_そういう選択も大切です。

あくまでも自分自身…

だって、

それ以外に見える外側の現象はすべて…ま◯◯◯。。
(いっちゃった…チーンっ!)

Ponta師匠_わたしに内在する♡をみつめよ!という…^^

Author: Sachiko
• 土曜日, 12月 19th, 2015

。縁を英語では何と言うのか調べてみると、さまざまな表現はありますが、日本語のようにズバッと@縁という単語?言語?はないみたいです。日本語(漢字)とは奥が深く、日本人特有の含み…いうならば「韻:陰」のようなものがあって、同じ言葉でも状況次第で肌に感じるものまで変わるからすごいと思っています。(英語にも皮肉を込めた言い回しとかいわゆる隠語はありますが…)

ご縁_縁は異な物味な物

縁とはまさに宇宙の采配としか言いようがないな…そんなことを思います。縁というものによって、個と個が繋がり交わり一種の化学反応を起こす。または、新たに細胞分裂をおこす…みたいな。そんなふうに思います。。

宇宙の采配は謎...Nobody knowです。けれども確かに思うことは、そのときの、それぞれに(望むか望まざるかに関わらず)必要とし合ったsomethingが、直接的or間接的に引き合い、その結果、それぞれの個が変化をとげてゆく…

良縁も悪縁も縁は縁、引き合うからには何かしらの法則があるのだろうと思うわけです。

英語で縁を「chance」と用いることがありますが 、運命的なものをさすfateやdistinyや人との繋がりを表すrelationやmarrige よりも「チャンス」って、私の中では一番しっくりきます。

縁はチャンスなのだ
縁は変化をもたらす種でありエネルギー
変化をとげてゆく中になくてはならないエッセンスなのだ
どんな変化をしてゆくのか
成長か堕落か
すべては”いまここに放つ”個のエネルギー次第
*個=小宇宙:つまりはあなたでありわたし

だもの

やっぱり愛なるエネルギー💓を放っていたい_よね^^

そう選択すれば、

その通りになるのが宇宙の法則…

(*^.^*)

パラレルワールド…  ハリウッドじゃ、あたしも映画女優なのだから(笑)

Author: Sachiko
• 土曜日, 12月 12th, 2015

1212_今日は12月12日です。この日は私にとってひとつの記念日となりました。

2年前の今日「それ」は突然やってきました。そうなんです「それ」…そういうしか表現できない感覚的な体験でした。こういうのを悟りといういい方で、一部ではあたかも素晴しいことのように取り扱われ過ぎているような気がしますが、私は、少し違うと思っています。どうでもいいこととは思いませんが、私に起こった「それ」は、ただ単に「そうだったんだ」と思い出すことに近かった。

だから「それ」が仮に何物であっても、ふっと起こった体験ですから、多くは見逃してしまうくらいのことなんだと思います。ただ、ある意味、衝撃的な瞬間でもあり、だから特別であり素晴しいものなんて思いこんでしまうものなのかもしれないな…と
思いました。

その日から、完全に私が私でなくなった…私は「私」という実体のない何かに棲みついていたじゃないだろうか…そんな感覚が湧きました。(ああ、やっぱり残念ながら言語を通しての表現はここまで限界…uu)

Reborn…

あれから今年の今日で2年。何が大きく変わったのでしょうか?特に何も変わりません。ただ「わたし」が「私」に振り回されることがとても少なくなりました。エゴは常に同居人。忌み嫌うことも潰そうとすることも、見ないフリして蓋をする事もなく、魂のよきガイドのように付き合っています。

どうして生まれてきたんだろう…なぜこの家族を選んできたんだろう…

この疑問に対し分析することはもうやめました。分析している限り、所詮マインドの範囲でしか見出すことはできないし、ともすればエゴの思うツボで、本来のわたしを「生きる」ことを抑制してしまうことになりかねない。

おかしなこと言う子、わがままな子_子どもの頃にそんなレッテルを貼られたことで、ああすべき、こうあるべき、わがままはいけない、そんなことしても意味がない、立派な大人になれない…etc, 思えばひどいラベルです。立派ってなに!? 不完全な大人たちが愛を盾に語った詐欺師のようなものです。まさにマインドコントロール。これは私たち多くの大人(特に親)にありがちなあやまちの一つだと思います。心して自らの内なるところを見つめてたいものです。

ただ、あえて、そんな紆余曲折あったこれまでの人生を振返るに、呪わしく思い出したくもない辛い牢獄のような環境ですら…「ああ、いまのわたしがあるべくストーリだったんだ」みたいに思えて、それまでに蓄積させてしまった悲しみや怒りや苦しみすらも感謝に変るとき_「わたしは愛だったんだ」と思い出し、ただ素直に「わたしは愛です」と宣言すればいい。その瞬間にもうわたしたちは愛でしかない。。

そんなことを理屈抜きでハートに湧き上がるぐわぁ〜〜っとしたもので涙する…

ご縁ある方とはすべて何らかの繋がりがある…というのを私自身も素直に受け止められるようになった…数年だと思います。親や家族…DNAを受け継いで繋がったものから、関係性で繋がるものや、それはいい悪いの二元を超えたもの。

先日、ボブのセッションのあった日、次の明け方に夢を見ました。
ボブは夢もメッセンジャーだと言っていました。
夢は…意外な仲間が、私の頼りになってくれた💕ものでした。
人に迷惑かけたくない…そういう思いが私の根底にあるのですが、夢のナイトを通して

「わたしは頼っていい」すでに「ゆるされている」…

人に対する思いやりや気づかいはよいとしても、私の根底には恐れがあったということですね。。
いかんいかん…もう、そこはいらないものでした!
ずっとスッキリしたいと思う状況が続いていて、内心不安のようなものがあったことを、まずは認め、そして手放すと自分自身に許可をしました。

そしていま、かつての私とは180°違うことを始めて、私がこの道にあるのも、
とても自然なことなんだ…
そんな、確信に変わって来た数年間です。

Reborn…

いつだって。

さあ、いまここ_からがすべてっ💕

Author: Sachiko
• 土曜日, 12月 05th, 2015

先月11月28日は、日本若石30周年を記念した式典:全国マスターズの集い_がありました。

マスターになってから毎年参加をしてきましたが、今年は不参加、見送りました。ちょうどお客さまからのご予約希望とも重なり…。4年前からほぼ月1ペースで来てくださっている大切な方で(しかも^^:いつも超多忙なキャリアウーマン)ようやくとれた休みだと聞いたので「今年はお客様優先」でしょ!と。

30周年記念ということで、マスターズで学びも多い機会だったと思いますが、一番の学びはやっぱり日々のクライアントさん!ですからね。(とかっこよく言ってみる…笑)

そういうわけで、マスターズの式典内容についての詳しい情報は知らずまま…昨日、本部から宅急便が届きました。なにかしら…?

わぉ〜^0^
表彰状と記念品と寄稿した検証研究の掲載された記念誌でした!

今年の3月から8月までの半年間、モニター(Mさん)と二人三脚で取り組んできた足もみ実践による”体質改善”の検証レポートでした。その改善までの軌跡と実績が認められたもようです。

やりましたよ〜Mさん!!

はい。この表彰は私ではなく「毎日のセルフケア」と「週一回プロのチェック」とに真面目に取り組み、自らのからだと真摯に向き合ってきたMさんなくしては達成できませんでした。

しかも、これまで「治る病気じゃないから…」と諦めていた気持ちまで前向きに変化することもできて、これはひとえに体質改善がなされた結果を生みだした”本人”そのものです。一方のわたしは、Mさんをサポートさせて頂いたにすぎません。もちろん「プロ」の立場という責任と自覚と♡だけはしっかり持って懸命に向き合わせて頂きました。

いや〜嬉しいです!素直に嬉しい。

さあ、ここからが本番スタートだと思います。

長きに渡って向き合ってきた持病ですもの、そんじょそこらのナルイ相手じゃないはずです。だからこそ必ず叶うと自らの意志を強く持ち、自身のからだを信頼して日々実践して行って欲しいと思っています。

わたしも心から応援しています♡


Author: Sachiko
• 火曜日, 12月 01st, 2015

今日から12月ですね!!

「気がつけばいつもクリスマス」_という私の感覚通り!?に世はすすんでいます。。(笑)

私にとってはいよいよの冬眠期^^;ゆるやかに下降する放物線…春まではin put 熟成を進めるべく動より静の中でより内なるところへの氣をめぐらしつつ修得の期にしてゆきたいな…と思っています。

すでに自身の中に降りてきているメッセージもあり^^ 機を見てホームページのリニューアル、つまり、これはイコール:施術内容をはじめとして、私自身を通して発信♡提供してゆける”モノゴト”を強化&整理をして、そのために必要なことを準備してゆこうと思っています。

人智を超えた宇宙レベルのエネルギー(ホリスティックな見地にたった自然治癒力や氣学etc )と、肉体を持ったいわゆる実生活との融合と調和…さらに実践的なワークを深めてゆきたいのです。まさにBeing Samadhi_Doing Samadhi_分かりやすくいうなら「自分♡本来を生きること」そこをサポートするワークをして参りたいと願っているのです。

身を以て実践することで、たくさんの気づきと出会うっていうのもいいですね。

実践…!

といえば、ひそかに自分検証を多々している私ですが(笑)

「ケシ◯ンクリームで本当にしみって消えるのか!?」遊び心で(半分、消えてくれ〜♡のマジな願望^^)使用してみています。以下、半年弱の使用状況による検証結果(写真)です。

う〜ん…微妙っ^^:

アイホンで撮ったテキトーな条件下の写真なので、厳密には検証しきれませんけれども、確かに、しみのある辺りがワントーン明るくなったかなって感じですが。ほお骨あたりに出来る肝斑の類だと思うので、これくらいまでが限界かもしれませんね。

【6月5日】              【11月25日】

恥を忍んですっぴんご披露です〜^^:

肉体には寿命(老い)がともないます。
月日という流れの中に、なるようになり、あるようにある
この辺りの自然現象とも、しっかり!向き合いつつ受け入れつつ…なのでしょう。。

ま、女心とは常に老いに抗いたくなるものですけどね。。^^