Archive for ◊ 9月, 2011 ◊

Author: Sachiko
• 日曜日, 9月 11th, 2011

夢…寝ている間に見る方のやつね。

私は毎日なにかしら夢を見るタイプの人です。ストーリ性があったりなかったり、短編的にフラッシュするようなものだったり、色が有ったりなかったり…と、起き抜けに記憶に残るものと、ああ何か見ていたなぁ…くらいですぐに忘れるものとさまざまです。
記憶に新しい「えー正夢?」と思われるくらいリアルだったものとしては、年末と2月末くらいにみた夢と2つほどあります。2月末のは、何かビルのような大きな建物が爆発して黒い雨が降り、塵のような灰が降り注ぎ周辺が騒然となっている図でした…後に311があり原発問題があり…ちょっと怖くなりました。
以来、夢からのお告げじゃないけれど、寝ている間になにかしら目的のある?メッセージのような夢を見るときがある気がしています。

昨日、亡き父の夢をみました。久しぶりに結構リアルに記憶に残った夢でした。

父が「浮気」をしていた女性が現れました。その人のファッションや顔の感じなども結構はっきり見えました。(ちなみに、ミディアムヘアのパーマで白地に植物をモチーフにしたグリーン柄のワンピース姿で、小豆色のベルトと三日月型のイヤリングが印象的なちょっと派手目の女性でした…)

ストーリーは、父はこの人に貢いでいて家の財政はいつも逼迫している…という内容のもの。うわぁ…なんか生々しいくらいリアルっ!です。。というのも、子供の頃、父の浮気話ってのが何度かありました。もちろん、子どもだった私たちには伏せられ&配慮されていたので直接は知らない&なかったことになっています。でも、それは確かに存在した実話でした。思えば、子どもながらにそういう空気は感じとっていました。ただ、そこに触れると「家族は大変なことになる」という子どもならではの勘で、あのころの感じていた思い(感情)を封印したのだろうと思います。

父が亡くなり、今になって本家の土地や家などの親族が絡む相続問題だとか、もう十数年も前に閉鎖した飲食店をずっと放置していたため、家屋などの借地権や家財の処理の問題、加えてそこに甲–乙:甲側の人感情などなど…私たちが知らないことが突如浮上しました。遺言も申し送りもなく、こと飲食店処理の問題などはただ仕方なく尻拭いをする始末です。

これだ…
このことを期に、私の中に抑圧されてきた感情も浮上してきたのだと思いました。過去のことはいまさらの話なので、悲しかろうと悔しかろうと…許してきたつもりでした。色んな事があった家族で、色んな理不尽なこともたくさん体験してきたけれど、心を入れ変えいまを幸せに精一杯生きようとしてきたわけです。父の闘病中も、いつも「ありがとう」の言葉と、みなの思いやりにふれては感謝の「涙」で明け暮れていましたから。だから、昔のことなんてどうでもいいと本気で思えたし、実際そうなのです。

しかし、よーく自分感情を観察してみると…なんでこうも最後まで人の気持ちを「裏切る」人なんだ…という思いも確かにあった。この「裏切り」なる私の感情は、今に発生したものではなく、過去から火種として残っていたものなんだと思いました。それは幼き日のあの「思い」です。

まだ残っていたんだ…
「自分勝手な父」「傲慢な父」「ろくでなしの父」「ダメおやじっ」…一方「すごく悲しかった」「いつも寂しかった」「とても怖かった」「なんでこんな家の子に生まれたんだ」「強くなっていつか見返してやる」…まさに愛に飢えていた子どもの声にだせない心の叫びです。この裏返しが、いつしか自分にも人にも厳しくなり、理不尽なことを許せない正義感を生み、ときどき窮屈になってしまうんだろうな…と。。

そんなメッセージ…確かに受け取りました。もう要らないものはじっくり癒して溶かしてゆきたいと思います…


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Author: Sachiko
• 木曜日, 9月 08th, 2011

Just please have fun !! ^o^ Shiba Me! もよろしく〜♪


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Author: Sachiko
• 水曜日, 9月 07th, 2011

今日は私、朝からなんだかイライラしていたのです。。。

そういう時に限って、もうPontaたらっ!玄関マットにそそうをしでかしちゃって(>8<)…Peeはないよぅ〜って偽アクションにてまんまとゲージから出してもらうなどという裏切り技っ…しかも洗濯物は増やすわっ…私のイライラはMaxっに…

ほげっ。。どこふくかぜ〜顔。。

とはいえ、この出どころの良く分からない「怒り」の矛先をどこへぶつけられるでもなくますますいらだつみたいな…。「すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~」ゆっくりと深呼吸。まずは自分の感情をなだめ、ヒーリング音楽にてしばし心を落着かせることに。。

「この怒りはどっからきてるんだろう…」そんなことを考えていましたら、まさにシンクロ、タイミングのいいブログ記事に出会うことになりました。その方のブログに:「日本メンタルヘルス協会」代表、衛藤信之先生の「えとうのひとりごと」からコピペで紹介:がされていたのです。

それを読みながら「まさに…」と共感した部分を、原文からさらに抜粋した形でコピペしてみます。。

自分の完璧を求める心が、他人に怒りをぶつけてしまう。

「正義論」で来るから、責めている人も、責められる人も、互いに許したり、自分の意見を述べるという逃げ道がない。

奥さんが正しさを武器にするため、ご主人が口を閉ざしてしまうケースも多いし、その逆に、正論でくるご主人に、忍耐している奥さんも少なくない。

どちらも楽しくない。

人間は理屈で動く動物ではなく、感じて動く動物だからです。

問題なのは苛立ちの本当の意味を知らないで、他人を裁く正義の権化と化した、その人のパーソナリティです。

正義を叫ぶ人によって、誰かの心が傷つけられてゆく。

最後に必要になるのは、自分が正しいと思っている正義のよりどころを客観的に見つめ、自分を疑ってみることです。

自分の正しさは絶対なのか?

自分も知らないで人を傷つけることはないか?

自分の間違いは許すけど、他人の間違いを許せないのは、人生を楽しんでいないからではないかと、自分に訊ねてみるのも良いでしょう。

洞察の目を向けることが大切なのです。

心の世界は、単純に「正義」と「悪」という二元論ではなく、自分も他人においても、人は複雑なしがらみの中で生きているという優しい眼差しを持ちたいですね。

☆★

私の怒りの根源、まさにこの「正義」によるものかもしれないと思ったのです。正義感も度を越すとエゴになる…ううむ。。私とて、いい悪いだけで判断しているつもりもする気もないのです。ただ、ときどき私の中の「正義」が人を裁きそうになるときがあります。それも自覚しているがゆえに、私の感情は、行き場をなくしてイライラとした波動を創り出し、ますますいらつくという構図になっていたのでしょう。。

ああ、そうか…私の中はそういう思いがあったんだな」「でも、いいよそう思っても。いいよ怒っても」と、そういう感情が自分の中にある事を認め、そういう感情を持ったことを許すこと。そうすることで不思議と平静さが戻ります。苛立ちの意味が分かれば…「もうこの感情はいらないものだよね」と、手放して終りですね。。

うむ…これ、レイキの極意じゃん。。。私もまだまだ修行がたりません。。。ふぅ~。。

☆★☆

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Author: Sachiko
• 月曜日, 9月 05th, 2011

どんな人にもなんらかの「悩み」「問題」と感じている”コト”ってあるものでしょうね。

そしてその渦中でもがいているときは、問題自体があたかも自分であるかのように一体化してしまうので「冷静になれ」といったところで出来ないものです。そんなときは、自分の目の前に起こっているそれらのことを、一旦、まるで他人事のようにして眺めてみると意外にもコトの本筋は見えてくるように思います。

かくいう私にも、日々の生活の細かなことはさておいて、家族(身内)内での問題をいくつか抱えています。例えば… 長いこと闘病生活をおくっている弟がいたり、初期の認知症の上に血圧や他諸々の病状を抱えて要介助&メディケーション中の母がいたり、今年6月に父が他界、亡くなってから浮上してきた新たな問題もあったり、それらの影響もあるせいか!? なぜなのかいつもお金に困ったり面倒な出来事に遭遇する兄がいたり…こんなふうにさらりと書き連ねてみたけれど、1つ1つに根が深いものもあり、私も家族の一人、なかなかにタフな課題だよな…と思ったりもしています。

今朝、めずらしく兄と長電話をしました。家族に起こっている問題の整理とシェア、当面の対応、優先順位、今後の対応などなど…現実的には1つ1つ対処してゆかなければならないことばかりです。一気にえいっ!とは済まないことですが、なんとかなるしなんとかできるものだともお互い思っています。ただ、兄の話をききながら、だれに愚痴や泣き言を言えるものでもなく「こりゃ精神的にかなりきてるな…」って感じがありました。(吐き出せて少しはスッキリしたみたいだけれど…)

問題に直面しているときって、実は解決のために「どうすればいいか」なんて話より、大変なことを抱え込んでしまった自分自身が、どんどん精神的に追い込まれて沈んでいくのを「どうにかしたい」って方が本当なんじゃないかな…と私は思います。

だって「問題」と認識した時点で、もう自分の中では「どうすべきか」みたいなことは分かっているわけです。ただ、現実がうまく回っていかないのは結果的に問題の根っこが自分自身にあることがほとんどであることには気がつかない。なんらかの問題が外側に発生することで、ようやくそれを知る事になるの図。また、そこに他者(こと身内)が関係する問題となると、感情論が持ち込まれたり、過去の話が持ち出されたり、自分たちの責任は棚に上げて意見(口出し)したり、どうにかして自分を優位に持ち込もうと画策したりされたり、面倒なことを人に押し付けたりと…いつのまにか被害者と加害者の立場になっていたりということも多い。確かに、そんな空気の中にずっといて問題解決だけにフォーカスしていると、しまいには「自分がほんとに悪い」みたいな感じに飲み込まれてしまい、ニュートラルなポジションからどんどん外れてゆき振り回されてしまう。。。

だからこそ、毎日をリセット!心身ともにリフレッシュ!なにも考えず深く深呼吸…(出来るなら瞑想)シンプルながらこれはほんとに大切ですね。

どんな問題にも解決の糸口はあるものです。自分を責めたり、ましてや他者を恨んでもますます泥沼、心が落ちて病むだけです。まずは「腹を括る」括って潔く受け止めるしかない。逃げてもツケは先送りになるだけ、ツケの大半は過去からのものです。リセットして「ゼロ」に戻すのはいましかないです。そして愛なる視点でモノゴトをみないとキレイにはならないでしょうね。(これってまさにホ・オポノポノですね!)

毎日が新しい。そんなふうに自分に誠実に信頼した生き方をする姿勢こそが、解決の糸口を手繰り寄せるのだという気がします。大なり小なり山あり谷ありの繰り返しが日々の生活。ならばどんな中にも幸をみることはできるということ…

それにはやっぱり、心と身が健康で笑顔であることは大前提でありスタート地点。。

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Author: Sachiko
• 金曜日, 9月 02nd, 2011

ここ最近、芸能界での結婚おめでたニュースが続きました。小林幸子さんに杉本彩さん。

お二人とも誰もが認める素敵な「大人の女性」ですよね^^。芸能界という世界、私たちがTVで見る華やかな部分はほんの一部であって、そこでの仕事や業界ならではの厳しさとは、きっと想像以上のものでしょう。常に人に見られる仕事です、周囲への気配りや自己管理の徹底などなど、毎日の緊張やストレスはいかほどのものか…素の自分でいられる時間も僅かなのだろうと想像に易いですよね。そんな仕事ガッツリ頑張ってこられたお二人が、結婚を決意し選んだお相手というのは、どちらも年下の男性でした。(いいね~♪)そして小林幸子さんも杉本彩さんも、長いことビジネスパートナーとして支え合ってきた間柄であったり、仕事を理解しサイドからサポートしてこられた方々のようです。いわゆる大人のお付き合い、ステキです。

結婚に抱くイメージや希望や願望とは、世代(年齢)でも男女でも違うでしょうし、人それぞれでもありましょう。

ただ、1つ個人的に思うことがあるとすれば… 結婚とは、人間的に自立した者同士が、共に互いの人生に響き合って生きてゆくことをコミットすることだと思います。一人では経験できないこと、成し遂げられなかったこと、パートナーシップによってもたらされること、新たに築いてゆくこと…というのが確かに存在しているからです。

甘い愛のロマンチックな生活ってのもありでしょうし、経済的精神的な安定かもしれないし、子どもを産み育て、新たに家族という絆を深めてゆくことかもしれないし…どうあれ、色んな意味で自分の人生の中でさらなる飛躍や成長が望めるものであると(ありたいと)思いますね。

結婚がゴールではないとはよくきくことですが、本来日々に永続的”安定”などはないものです。それはときに荒波、ときに困難と、きれいごとだけじゃない生活の中に見つけるまたは育む、または創造してゆく中に、数々の幸を体感し、愛を受け取り学ぶことなんじゃないかなって。。

結婚もタイミングですね。私自身そのことを身を以て体験したので言えます!^^そういう意味では「結婚」にお互いの年齢なんて関係ないでしょうね。そして、心の底からっ!真に自分自身が「結婚」を望んだとき:「自分準備」ができたとき、それがタイミングだと思います。

それにしても…仕事バリバリで華やいでいるお二人が「結婚します(入籍しました)」と嬉しそうにお話されているのをみて”ああ、やっぱりどんなに自立されて強そうに見える女性でも「結婚」には理屈じゃない女の喜びってあるんだろうな…”と。。信頼のおけるパートナーを得ることができた喜び、やっぱりこれはひとしおの幸せです。。。

結婚もいいものですよ♪何ごとも味わってみるからこその醍醐味だと^^。マイペースでも「幸せ体質」のいい女になってゆきたいものですね^♡^/

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• 木曜日, 9月 01st, 2011

我が家の愛犬柴わん通称Ponta(ちなみに正式名「モンティゴメリ-ポンタベドラ-サマディ-ポーザ」です^^:)との新生活も半月が経ちました。
たったの半月なのにね…犬の成長の早さと賢さに驚いています。8/26で2ヶ月になったPonta、はじめて見たとき(たぶん3~40日程)から顔の印象もずいぶん変わり、愛嬌のある少しとぼけた顔であどけなかった彼も、今ではすっかりプリンス顔になってます。(ええ、ええ…親バカです(;^ω^A)

$さちぽざのブログ-Ponta 1 month とぼけたこの顔に恋の矢やられました:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

「sit, stay, down, up, handshake,」も出来るようになり、うちの子かしこいわぁ目…と関心する一方で、朝の「寝起き」と「poo」のときになぜか激鳴きをするのはいまも変わらず…叫び おりこうでも、見てくれプリンスでも、まだまだ赤ちゃんってことですね。ふぅ~

叱られてすねたり、逆に、これ見よがしに要求吠えをわんわんにしてたてついてきたり、それで、また叱られてしゅんとして…。彼と常にいるのは私、叱るのも私…遊んでくれるダンナよりはきっとは怖いはず。(笑)
叱られても、叱られても!それでも今日は何もなかった顔でいつも側にくる。
ああ…これが犬のかわいさなのよね。。おばかっていうか、お人好しというか、なんの疑いもなく主人に対して一心にふところに飛び込んでくる。

Pontaとは一生の付き合いさ。どんなときも愛と信頼で繋がる我が子でありパートナー。
今日もやんちゃでいいよ。いっぱい食べて遊んで眠って元気であってくれたらそれでいい。年の順でいくなら…いつかわたしたちより先に逝くんだろうけど…(T0T)ずっとずっと一緒だよ。。

犬のように…。
人も、犬のように実直に、そのまんまの自分で、愛を求め、与え、受け取ることができたなら、幸せなのかもしれないね。。。

今日もみなさま^^元気で~♪ 笑顔の1日でありますように~♡

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