Archive for 3月 25th, 2010

Author: Sachiko
• 木曜日, 3月 25th, 2010

例えば… ほんとうは

愛されたいのに… 愛されない

愛したいのに… 愛せない

近づきたいのに… 近づけない

親しくしたいのに… 親しくなれない

もっともっと気にかけて欲しいのに… 埋まらない距離

etc….etc…

なんてふうに、ふだん”ままならないなぁ…”と思っているようなことを、

とにかく上げるだけ上げて書きだしてみてみる。(こんなつまらんこと

と思うような小さなことも。それこそ意外な自分を発見できるかもです)

すると、自分でも驚くくらい心の中に溜まってしまった不安や不満や寂

しさやせつなさや、ちりやほこりがわんさか出てくるかもしれません。

紙に書きつらねたそれらについて、今度は自分がだれかの”悩み”を聞い

てあげているように、注意深くそして愛をもって1つ1つ冷静に眺めて

みる。

すると…あら不思議、それらはぜんぶ自分(相談者)の意思で選んだこ

との結果でしかないんじゃなくって!?…というふうに良く分かります。

そうしたいのに、できないのはどうしてなのかな…?

なにがじゃまをして、素直になれないのかな…?


そうやって1つ1つ、複雑に絡み合ったかのようにみえる糸をほどいてい

くと、ただ1本の糸でしかないことに気づきます。それって自身の中にあ

優しさだったり思いやりだったり…そう、もとをたどれば愛の糸しかな

いことを知ります。

どんな人にも”愛のano”がある。意固地になっている人にも、意地悪にみ

える人にも、イヤな奴と思う人にも、みんなみんな愛のanoを持っている。

自分自身のano…隣の人のano…

人の思いやりや優しさによって開かれて、大きく育ってゆくものなんだと

わたしは思います。

b

愛されたいなら… 自分を愛すればいい

愛したいなら… 素直に愛せばいい

近づきたいなら… 迷わず近づけばいい

親しくしたいのなら… 構えずに親しくなろうとすればいい

もっともっと気にかけて欲しいのなら… もっともっとその人に純粋な愛

を注いであげたらいい

c

人は優しくしてもらったり、なにか自分のためにしていただくと、自然と

自分も相手に”なにか”をしてあげたくなるものです。きわめてシンプルだ

と思います。

『こうしてやった』『ああしてあげた』…『…なのに』となるときは要注

意です。もともとは純粋な愛だったはずなのに、いつのまにかエゴに変わ

っている証拠。問題を大きくしているのは、まさにそこ!なのです。

なんだか心が悶々とするというとき、氣が滞って波動が⇩モードなのかも

しれません。

そんなときは自身の心の浄化です。こんなふうに”書き出し”て1つ1つ愛

でもって溶かしてみるのもいいかもしれません。 さあ!

スッキリさっぱりキレイになって幸せモードONに切りかえましょう〜!