Author: Sachiko
• 金曜日, 5月 18th, 2012

昨日の夜、たしか、TBS系でなんちゃら駆け込み寺?(TVはあまり見ないので番組名すら覚えようとしない私…^^:)という番組で、和尚さま数名に芸能人がお悩みを打ち明けてありがたいお言葉を頂く…的企画番組を途中からみました。

ちょうど、女優の遠野なぎ子さんの人生相談の時でした。(彼女は幼少期から母親との関わりの中に色んな思いを経験体験してきたようでした…)肉親であるゆえの憎しみなる思い…かいつまんで聞いているだけですが、彼女の切実な母への思い:母に対する求愛そして愛情不足、そこに生まれた彼女にしか分からない感情やドロドロとしたもの確執…これは「本人」にしか分からないものですが、でも、なんだか、その切実でかつ苦しい思いは分かる気がしました。。

和尚さまたちが、アドバイスといいますか、彼女に対する救いの言葉を差し伸べるも、目から鱗…ぐっつと自身の胃袋つかまれるようなものはなかったようにみえました。

憎しみという感情…きっと彼女も持ちたくなどないだろうと思います。きっと誰もが。だからこそ苦悩に悶え苦しんでいる。それこそが人である苦悩なのではないか…。そんなふうに思ってみていました。その中で…

おねえ系和尚で有名な「水無昭然」さんが仰っていた言葉に、わたしの心にもぐーんと響いてきました。

「これからさき、死ぬまでにどれだけの人に、どれだけのことに、「ありがとう」を心から言える人生を送れるか…。それができたとき、ようやく憎しみの念から解放され、本当の意味で人も自分をも赦せるのだと思う…」と、いうようなことを仰っていました。(ズバリの言葉じゃないですが…)これは、私に言われているように感じて心に残りました。

同時に、亡き父のことを思いました。父が倒れ亡くなるまでの1年間、彼は「ありがとう」をずっと言い続けていました。私はそんな父をみて思ったのです。決して、自分にも家族にも幸せである生き方をした人生ではなかった人かもしれないけれど、こんなふうに心身が不自由になって、ボロボロになってゆく様をみて、それでも寄り添っている母や家族や、身の周りの世話をしてくれる多くの方々にお触れし、父はようやく人の無償の愛や思いやりを素直に受け取れ、ようやく「ありがとう」と心の底から言えたのではないだろうかと。

約1年、苦しい闘病生活を送ることになってしまったけれど、その時間は父にとって最高の時であり、邪念や後悔や負の念を残すこと無く旅立つまでに、どうしても必要な時間ではなかったか…と。最期は帳尻合わせて逝ってくれたんだよね。そう願ってやみませんでした。

私にとっても、辛かった幼少期や父への色んな思い…あれはまるで幻だったかのような感覚です。私がそこに置いて来てしまった悲しみや憎しみや怒りの念はすっかり色を変えてしまったような…そんな感覚です。

人生には季節があって、若いときは若いなりの生き方が、失敗や苦悩があって…。でも、そこにもちゃんとみればいくつも幸せがあったこと…。それに気がつけたら真に幸せなんじゃないか…。と、そんなふうに思うようになったいまの自分にもたくさんの失敗や苦悩があって…それでも、そこにはいくつもの人との出会いや良縁があって、ずっと愛をいただいてこれたからに違いありません…。

そのことに「ありがとう」の言葉以外、なにがふさわしいかわかりません。

素直に「ありがとう」と言える人でありたい。出来るなら「ありがとう」をもらえる人でありたい。そして「ありがとう」をみんなで分かち合える人でありたい。な。。と、

そんなふうに真摯に思う今日ではじまる。。

ふむ…。さんぽではじまるだわん…(^(エ)^)


Author: Sachiko
• 水曜日, 5月 16th, 2012

今日は昨日のぐずついたお天気から一転、夏日になるそうな。。(^♡^)確かに、ここ1Fのダイニングでも肌寒さはありませんね。

通常、午前中の家仕事をすべて終えたあと、ポーザルームにご予約のある日はダイニングルームにて、ご予約のない日もダイニングでブログを書いたりデスクワークをしたりと…etc,  1Fで終日を過ごすことが多い私です。でも、冬はねぇーーーっ! 1Fはどうしたって寒いんで><1Fにいること自体が苦痛になること多かったけれど…ん〜ようやくここで過ごしやすい季節になったんだなってなんだかそれだけで嬉しい心身が活動モードに入れる私です。。(嬉)

そう、晴れた日っていうのは、どうしてこうも人の心を明るくオープンにしてくれるんでしょうね♪

太陽(光)によって脳内に送られる(または体内で作られる)ホルモンの関係や、太陽から得られるエネルギーの仕組みだったりというのがこんなにも大きく関係しているって、改めてすごいことなんだなって思いますね。理屈を知らなくても、自然と気持ちが変化するので分かりやすいです。まさに太陽とは恵み…ですね。

そんな晴れた日に@「閃めく(めいた)こと!^^」こうことよくありませんか?

「○○に行ってみるかな?」でも「洗濯でもするか!」「布団干そう〜!」でも「ガーデニング♪^^」「お茶」「読書」「昼寝^^」でもなんでもOK〜♪ ぜひとも思ったままをやってみることをおすすめしたいのです!思い立ったが吉日…とはよくいいますが

「思い立つこと」や「閃き」とは、晴れた日に多いものです。なぜなら♡が開いているから閃きやすくなるのです〜♪

仮に、雨続きで貯まってしまった洗濯物をやっつけるようなときですら、「仕方ないからモード」で行動に移すんじゃなくて「ラッキー♪お天気だからじゃんじゃん洗っちゃおう〜!」という気概ではじめるのとではぜんぜん1日が違ってきます。

晴れた日だからこその「閃き」を自分のものにしちゃいましょぅ♪ 晴れた日のどこからともなくやってくるワクワクした気持ち^♡^は幸せになるシグナルなんだと思います。。

(わたしはやっぱり晴れが好き♪夏が好き♪…なんだな。ワクワクや躍動感や情熱的なエネルギーが大好物なんだろうなと思う。…ムシャムシャ…いただきます〜♪)

今日もいい日で〜♪

Ponta!今日はいい天気だし夕方にはたっぷり遊んであけるとするかねぇ…?!(閃きの声?^^)

Author: Sachiko
• 土曜日, 5月 12th, 2012

久々のしっぽフリフリPontaネタ…o(^▽^)o

おかげさまで彼は毎日元気です~音譜

毎朝のお散歩あとは朝ごはん:手作りフードとドッグフードのミックス…

さいきん贅沢になりつつの彼ですが…

このように分かりやすくくっきりハーフに!食い散らかしても…(^▽^;)

ママはあまんじないわよっビックリマーク ちゃんと食べるまでおやつなし。。( ̄へ  ̄


Ponさんしっぽフリフリ本日もがっつり寝仕事中~ぐぅぐぅ

みなさま良い週末を~音譜

Author: Sachiko
• 金曜日, 5月 11th, 2012

この歌は有名ですが…   (I really like it !! ^^ )
年代を越え、性別<♂♀>を越え…
なにか…こう…
わかるなぁ~~~っ。なんて……いう感覚。。。 (*v.v)。

気のきいたことが言えないもどかしさ…
けれども…この

I love you…


以外のなにを伝えたらいいんだろう…
って。。
o
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
i

明日もいい日で^^

Author: Sachiko
• 水曜日, 5月 09th, 2012

先のブログの「おそうじ」ネタに引き続き…お家まるごと氣めぐりアーップアップ

というつもりでもないのですが、このところ気温も上がりかつ雨も多いせいか、
裏庭の雑草がわずか数日でぐーんと伸びて、まるでミニジャングル状態…になっていたので、
今日の午前中は裏庭の草取り&花壇の手入れをしました。。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

いや~いいね!草取り。(・∀・)
なにがいいっていうと、むしる雑草のあれこれを見ながら
「おークローバーこれはなに?」とか「すごーっ」(って、なにが!?^^)とかつぶやきながら
とにかく無心になってせっせと草むしりをするの図。。気持ちいいもの~音譜
ときに、単純作業は何~にも考えずに一心に集中できるのでいいのかもしれません。

雑草といえば…今年の傾向として昨年とちがうのは、

タンポポがすんごい巨大化しているヒマワリ のです。。。

ギザギザ葉っぱも大地にどーんと広がり、根っこも深い。タンポポの茎ってこんなに伸びるの?
というくらいすごーく長いんです。
先についている花があのタンポポじゃないので何か別の種類なのかな。
だけど、昨年にはなかった。。

昨年にはなかったというと、まだ手つかずの花壇^^:: に今年は「ナガミヒナゲシ」という
野生のケシが自生して、しばし殺風景な庭をにぎわせてくれています。

ナガミヒナゲシ:ケシ科・一年草(花:春~夏・草丈40cmくらい)地中海沿岸~ヨーロッパ原産:

自然からの贈り物~♪^^
でも、このケシ、今年はあちこちで見かけます。
どこからタネとんできたんだろう…

自然の力とはほんとにすごいなと…色んな面からしみじみです。

今日も夕方からまたお天気不安定だそうですが…(・_・;)
みなさまもどうぞお気をつけくださいね…
(`・ω・´)ゞ

Author: Sachiko
• 火曜日, 5月 08th, 2012

居心地のよい場所とは、やはり波動が高く空気によどみがありません。

♪トイレにぃはぁ~~♪それはぁ~それはキレイなぁ~♪女神様がいるんやて~♪

トイレのほかにキッチンや風呂場や洗濯場などの水回りはマメにお掃除することをおススメします。&〜〜部屋の床や棚や机などにホコリが積もっていたりだなんて言語道断!

そうじは「毎日する」は基本です。

とはいえ、独身生活でかつ会社勤めで、しかもガッツリ仕事しているような人ですと、どうしても時間に追われる生活になり易いので、なかなかそうじをする時間を見いだせなかったり、夜遅くドット疲れて帰ってくるとそうじする気力すら失っている…こともあるかもしれません。

もちろん心身を休めることは最優先。ぜひそうなさってください。。

ただ、程度の問題はありますが、できるだけキレイな部屋を心がけて欲しいのです。ちらかった部屋や汚な過ぎる空間の中では「居心地のよさ」は得られません。

(まあ、中にはまれに雑多なところの方が落着くなんて方もいらっしゃいますけれど…:)

ホント、キレイな場所では氣(運気アップ)のめぐりがぜーんぜん違ってくるからなのです。そういうことはよく耳にもしますよね。風水的にもたくさん本なども出ていますし。

だけど、では、なぜ「そうじ」なのか!?

これって、実は、本に明確な答えって書いてないです。トイレの神様でもなんでもいいけど…(書けるわけないと私も思う。だって、氣も波動も目には見えないものだから、書いてみたところで受けての理解度や言語に限界もあるからね…)

これ(そうじ)も実践でしかないのです。

やってみないとわかりません。けど、やってみると自ずと氣のことがわかってきます。

身も心もこざっぱりとしていると、そのようなキレイ系の氣の流れが定着できるのでしょうね。まるで、血液が休まずに流れるのと同じです。どうせならキレイで栄養たっぷりの血をめぐらせたいものですね。(…からだが小宇宙っていうのもうなずけますな)

心身のメンテナンス。

基本は「そうじ」:器作り:なのです。=氣を高める=居心地のいい場所を作る=リラックスするの図。

3日、3週間、3ヶ月…続けてみるとわかります。良習慣を身につけてしまえば、あとは自動的に送られてくる運気のサポートを受け取るだけなのです。逆といいますと、いい氣が入ってきても、受け取れる状態が整っていないと受け取れないのです。

それが氣というものなのです。。

我が家では…このお方の抜け毛シーズンに到来により、毎日のバキュームは必須です。。。。。。

Author: Sachiko
• 木曜日, 5月 03rd, 2012

GWもはや後半^^: この間お仕事の方もいるようですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

私はといいますと、ポーザルームへのご来客さまとのワークの他は、毎日午前中は主婦業中心:そうじに洗濯にPonta(^エ^)の世話に買物に支払にデスクワークに…etcといった感じです。そして毎日の瞑想。身も心もクリアーにして1日がはじまります。

先月29日「いまここ」の阿部敏郎さんとボブフィックス氏のコラボセミナーに参加してきました。前半は「アセンションの真実」とのテーマによるお二人のお話、後半は「ボブフィックスプロセス瞑想」ということで、ボブさんの誘導にて、会場全員でプロセス瞑想を体験して参りました。

瞑想もさまざまにありますが、ボブさんといえば「フルフィルメント瞑想」(勝手にコピペします…)の大マスターです。瞑想については、現代レイキでもレベル3:神秘伝:の中で深く触れて学びますが、私自身双方を体験して感じたことになりますが、フルフィルメント瞑想はス〜っと瞑想状態(空の状態)に入りやすいと思いました。(フルフィルメント瞑想は、今年の2月に阿部敏郎さんの奥様に「♡マントラ」の瞑想伝授をしていただきました)

実際「本当に瞑想ができているのだろうか…」「空とはどんな状態なんだろうか…」という疑問もありますが…これは個々によっての体験や気づきとなるため、言葉では表現しきれないものかもしれません。

私の場合、瞑想では毎回違う体験をします。ときに身体が自然に揺れたり、涙があふれ出したり、フラッシュするように色んなビジュアルをみたり、色でみえたり…etcとさまざまです。それをそのままに、ただただ静観します。「見るものがあれば見る、感じる物があれば感じる」…ここはレイキとも同じです。

29日はボブさんの誘導もあったおかげでしょうね、自分でもおどろくほどの体験:気づき:がありました。思わずこの体験についてお伝えしたくなりメールで送った内容をコピペしてみますね。

今年になって、ある問題が発生しました。(家族とのことです)
そのことはずっと前から無意識のどこかではいつか浮上するのだろうな…
と、自分の中では薄々感じていたようなところはありました。

そんなこともあり、2月に
ともこさんから瞑想伝授をしていただいたのです。
毎日瞑想する中で、数々の体験をしてきました。自分でも驚くくらい
身体が揺れたりこれまで以上に涙がでたり…
ただただ、それを静観して参りました。

昨日、ボブさんの誘導によって行った瞑想(後半)いさぎよくカルマを
手放すことを約束するんだ!と彼の誘導にてコミットしたとき、
なんと、私と兄の幼き頃のビニュアルが出て参りました。
話せば長い、幼き頃の悲しい想い出が私たちにはあります。

「なぜわたしは兄のすること(良くも悪くも)に従ってきたのだろう」
この疑問がとけました。。

会場での瞑想なのでどうしようと思うくらい涙が溢れだし、同時にはっきりと
しなかった曖昧な記憶と景色がみえてきました。
幼い頃、私たち兄妹は母と引き放されて暮らしていたのですが、ある日母が迎えにきたのです。
(母はそこで色んな抵抗にあい、幼い私だけでもと奪うように連れて帰ったのだそうです)

そのとき、わたしは母に抱きかかえられていたので、後ろ側を見ています。
私は、ずっと立ちすくんで母と私のさってゆく兄の姿を見ているんです。
この記憶が甦ってきました。
思えば妹思いの優しい兄だったと思います。本当は一緒に連れて帰って欲しかった
に違いないのに、両親とのこと(母と私のこと)をおもってじっと我慢したんだと
思います。ずっと泣いている兄の顔がそこにあるんです。。

このときの罪悪感というのか、後ろめたさというのか、兄への思いがあったのだと
気がつきました。
私は、そこにいる幼き兄と自分自身に愛の波動をたっぷり送りました。
I am sorry, forgive me, thank you, I love you...
このカルマはあまりにも大きくて、私はそこで完全に手放せたとはいえないかもしれ
ませんが、この瞑想でずんと気持ちがとても軽くなりました。
見えてる現象(問題)にとらわれること無く、愛をもって冷静に対処できる自信で
満たされました。むしろ、問題が起ってくれたおかげと感謝の気持ちに変っています。

とても不思議でほんとうに素晴らしい体験でした。
☆☆

一日いちぜん。一日いち瞑想。まさに私とって現実のものになっています。。

ボブさんをリサーチしていましたらYouTubeでこんなの見つけました^^(英語ですけど瞑想の極意や瞑想も波動:エネルギーであるということが分かると思います)

GWも後半♪^^ステキな日々をお過ごしください^♡^/

Author: Sachiko
• 土曜日, 4月 28th, 2012

宇宙を味方につける…生き方。

そう言われて…みんなどういう感覚を持つでしょうかしら。

私は「目には見えない」力(エネルギー)に包まれて導かれているという、そのことを信頼しています。

先日の24、25日は、ポーザルーム早めのGW(^♡^)実家(佐久)の墓参りをしてきました。Pontaもいるので宿泊はペット同伴可のペンションとホテルにそれぞれ一泊ずつの2泊3日の♪墓参りを兼ねたファミリープチ旅行です。

前日の雨もすっかり上がって、出発当日はほんとにいいお天気に恵まれました。我が家のお墓は両家とも山間にあり少々急な坂道を歩く先にあります。雨なんて降っちゃったら、足もとぬかるむし滑るしで…母を連れてゆくには結構大変です。

でもね!^^ちゃんと晴れてくれました。これもご先祖さまのお計らいだと思っています。

「♪私の〜お墓のまえで〜泣かないでください〜♪…」人は死んだら…千の風になる。

墓地には我が家のお墓だけでなく、私の知らない先の先の先の…古いご先祖さまも眠っていらっしゃいます。私は、父方の祖母しか生きているうちに会っていませんので、どんな人だったのか、両家とも祖父母については話を聞いているだけに過ぎません。祖父は村の工事で大きな樹を掘り起こしている時、つり上げているロープが切れるという事故にあい、樹の下敷きとなって亡くなったのだそうです。一方、母方の祖父は戦死です。母は自分の父を知らずに育ったのです。

…と、そんな昔話を聞けば、父も母も過酷な時代に生まれ、本当にかわいそうな境遇に生まれ育ったんだなって思います。おそらく、ご先祖さまを遡ってお一人お一人のことを知ったとしたら…きっと、すべてが幸せな生き方ができたとは言えなかったかもしれませんし、それぞれになにかを背負い、自身の人生をおくっていったことでしょう。

…と、そんなふうに考えてみますと、どうして私は生まれ、どうしてこの時代で、どうしてこの両親からで…といったものが見えてくる気がしたのです。

究極はカルマを落とすため。私は以前にそんなことをブログでつぶやいたことがあります。

「神様は乗り越えられない試練は与えない」というのは、よく耳にしますよね。

そうなんだよ。

私は宗教家でもなんでもないけれど、これは真実だと思う。

生きるってキレイ事じゃないし、いいことばかりじゃないし、でも、楽しいこともあって幸せもあって、それを味わい尽くせたらいいんじゃないかなって。だって、逝くときはこの身もお返し、この世で触れたものすべてを手放してゆくわけですものね。残るのは魂なるエネルギー…

私たちはもともと愛なんだもの。

…と、そう考えると、やっぱりご先祖さまには感謝しかないです。こうして生かされている。そして見守られている。

「おいおい、幸子や、しっかりおし!」

「そっちじゃないよ!こっちだよ!」なんてふうに…^^

確実に、それは愛ある道からそれないようになっている。

宇宙を味方に付けた生き方ができようになると、

一気に波動があがります。そして、身も心も軽くなります。

わたしたちは自分自身の人生をしっかりと生きたら、

それでいいのだと。。

pontaママに添い寝です。そんな小さな幸せの数々を味わう…^♡^

j

今日からGWですね^^みなさんいいお休みを〜♪

ポーザルームやってます〜♪

Author: Sachiko
• 金曜日, 4月 20th, 2012

長かった冬は、春を心から感謝できるために…

東京では桜も終り4月もすでに後半、ようやく春らしくなってきましたが、今年の冬は寒くて長かったですね。思い返すと、この期にあれこれ自分自身を見直すことになる出来事を体験した人は多かったのではないかな…と個人的に感じています。

先日のレイキヒーリング交流会へ参加くださったみなさんも揃って「私も…」と仰ってましたので、今年は目覚めや気づきの多い年になるのかもしれませんね。

はい。私にもありました。(いまなお向き合い中…そんな自分含めて静観中…)


「なかったことに…」したいことって、人生の中に1つや2つはある(あった)かもしれません。

罪のないかわいいことから、そうではないものまで。。(んー恐ろしいっ)

でも、やってしまったことをなかったことにはできないものです。

やったこと(すること)には、それなりのこと(結果)がセットでついて来るものですからね。

ご存知のように、原因と結果の法則はすべてに起る自然の摂理です。

仮に…

1)自分でも気づかないうちに(まったくの不本意の状態で)誰かに迷惑かけてしまったり傷つけてしまったりすること(…なかったことにしたい前に、本人は気づいていません…)

2)実は腹ん中では重々分かっていて(仮に本意とは違うかもしれないが’エゴ’に支配された状態で)誰かに迷惑をかけてしまったり傷つけてしまったりすること(…なかったことで済ませられたら楽でしょうけどね…)

さあ、1)と2)ってどっちが「罪」なのでしょう。

結果的にはどちらも「カルマ」を生んでしまっている状態だと思います。

人間社会で生きてゆく上で2)が許されないことは際立ってみえるかもしれません。ですが、2)にもそこに至った経緯や「原因」「理由」などが潜んでいて、深いところから紐解いてゆかないと、その出来事に潜む「真実」はみえません。

そして2)には、被害者と加害者が成立し対立という形が生まれますので、まじで双方しんどい力関係が生じます。正直、どちらにもなりたくない。

起った出来事が発端となり、互いにぶつかりあうわけですが、やはり起きたことを「なかったこと」にはできません。起ってしまったものにはイヤでも向き合い、新たな行動をとってゆくしかありません。

そこに発生している出来事を無視して一時的に逃げたとしても、いずれはまた形を変えて同じような問題が起ります。起きてしまった(起こしてしまった)ことに対する「ツケ」はいつか必ず支払わなければならないものです。

(いいじゃん、このくらいでこの問題は終わっても。って思って流せればいいのにね。やっぱそうなんだ…本来のあるべく姿:愛:に向って昇華されるまで手を変え品を変え付きまとうんだね…

人を傷つけたいとか、苦しめたいとか、憎しみなどの「念」ってものは、ほんとのほんとのほんとう〜の心底から望み思いたくて抱いたエネルギーではないものだと思います。(ただ、こういう念っていうのは抱くとなかなか手放せないくせ者ですから要注意。爆弾を自らで抱きしめているようなものですがらいいことはなにもないものです、ちなみに。)

もしそんな人がいるとしたら…それは積年の怨念に通ずる「原因」がどこかに存在していて、その人が過ごして来た「過去」からの積み重ねのどこかに起因しているものがほとんどだと思います。

もしかしたら「なかったことに…」といって逃げて来た結果の結果の結果が…形を変えて噴出しているのかもしれません。

こういうのを因縁とかカルマって言い方をよくしますね。

仮に…の1)はどうなんでしょう。気づかないうちにという状態です。

このような場合には、それを引き起こしてしまう自分に「気づき」の出来事がたびたび起ります。。よくも悪くも。

「どうして?!傷つけあう人と付合ってしまうんだろう」とか

「どうして?!なかなかベストパートナーと出会えないんだろう」とか

「どうして?!みんなから煙たがられたり嫌われちゃうんだろう」とか

「どうして?!一生懸命働いているのにいつも貧乏なんだろう」とか

「どうして?!こうも利用され騙され貧乏くじばっかり引くんだろう」とか

「どうして?!家族のためにつくしているのにみな幸せとはほど遠い中にいるんだろう」とか

100人いれば、100通り×関わりあっている対人数 …例題もつきませんね。こんなふうに(思い過ごしもふくめ!)イヤな問題が形を変えながら繰り返されていたりしていると思い当たる節があれば、一度自分自身としっかり向き合う必要があると思います。

こんなとき陥り易いのは、問題を共有している相手の方にフォーカスしてしまうことでしょう。けど、違うんですよね。実際すべては自分なくしては存在しない問題(いい悪いではなく)ですから、どうしても「自分」自身に向き合うしかないのです。

私は思うのです。

1)も2)も「無かったこと…」にはできないけれど、

例えば、自分が失敗してしまったことや何らかの罪をおかしてしまったとき、本意じゃないことをしでかしてしまったとき…etc 望んでもいないイヤなこそに巻き込まれてしまったとき…etc

そんなときこそ真に「自分自身」と「真摯に向き合う」ことが要求されているんじゃないかと。

それが仮に、自分が被害者的立場になっているとしても、相手をののしり責め立て恨み通しても何も解決はしないし、それどころか自身の波動も落ちて悶々と渦を巻き、そこには幸せとはほど遠い思いを自らがみしめるだけなのです。

不誠実で嘘つきの相手を恨み責め、仕返してやりたい思いを持つのは正直止められないし気が済むまでその感情を抱いたらいいと思います。

ただ、ずっとそれでは逆に自滅に向ってしまうだけだということを知る必要がある。恨み損!ということです。まさに負のスパイラルに巻き込まれ、新たな苦しみ(カルマ)まで生んでしまうことになります。

どうやったら相手を懲らしめられるか!

どうすれば相手を変えられるか!…という攻撃からの視点ではなく、

どうすれば「わたし」が(できれば相手も)幸せな気分であれるのか!

どういう自分であれたら「わたし」が心地よくいられるか!

という調和の視点に変えてみること。

(そ、そんなこと、できないっ。してたまるかっ!と、エゴはいいます。そして感情が盾になるのでなかなかのガードぶりです。かくいう私も同じくでした。この長い冬の間に、ようやくこの調和と愛の境地に気持ちが静まることができたのですから…:)

仮に、あなたを傷つけた不誠実な相手がいたとします。

悔しくてもその人はそれまで(不誠実な)の人だったのです。そのことを認める(抵抗しない)しかないのです。そこに意味付けも言い訳も解釈もしないことです。

でも、そんな不誠実な相手なのに、あなたは愛をもって信頼して接して来たのです。それは事実でしょ!?そんな自分を後悔するのではなく、誠実であった自分を褒めてあげたらいいと思うんですよ。見抜けなかった自分の愚かさを責めるより、優しくて思いやりのあった方の自分にフォーカスできたら悔しさも半減できることでしょう。

そして、そんな愚かで誠実で…すべての自分を認め、いまある状態をしっかり受け止めることが、あなたをもっと成長させ大きくさせてくれるに違いありません。

この課程が一番大切なんだと思うのです。最も「なかったことに…」しないでおきたいステップですね。

起った出来事を「無かったことに…」できないようになっているのが世の摂理で、そしてそれが愛に昇華させるためのステップであるなら、ツケはいつか「当事者」に回るようにできていることを信頼して、きょうをいい気持ちで過ごすことをおすすめしたいのです。

もしもいま、悔しくてせつなくて落ち込んで怒りが湧いてはらわた煮えくり返るくらいの中にはまってしまっても、冷静にそのコトに向き合うことでしかないことを忘れないでいて。。

それは、今日一日に受け取っていいはずの幸せを台無ししてしまわないようにしたいから。

なかなか難しいことですけれど、こらえ時っていうのは誰にでもあるものですな。

けど…大丈夫さ、私なら乗り越えられる。

そんな根拠の無い自信こそがとてつもないパワーを与えてくれるのも真実。

絶対なる信頼は、誰にではなく自分自身におくのです。

そして「なかったことに…」しない誠実さ、逃げない強さといさぎよさを選択する。

どんな状況にいても、見いだせるきょう1日の幸せの数々を逃さないように。

なーんてふうに。自分で自分に説いてみた。。

久々の長文ブログ^^:: 最後までお読み頂きありがとうございました♡

h久々の長文ブログ^^:: 最後までお読み頂きありがとうございました

きょうをいい日で!

幸せな人にはやっぱり笑顔が似合うから…

Author: Sachiko
• 月曜日, 4月 16th, 2012

ほんとに久しぶりの開催で「参加者いてくれるかなぁ…」と思っていましたが…

まさに!必要なときに必要な人(出来事)が引き合うというのを感じた2日間でした。^^

参加くださったみなさま^^お疲れ様でした!日曜の方は、終わったあとに近くの焼き鳥屋さんでさらなる交流会となりました。自分たちの身近かな話からはじまって、政治経済の話にまで幅広くトークが弾み^^楽しい時間をシェアし合えました。

今回の交流会は、たまたま”レイキは初めて”というみなさんとの集いになりました。以前はまったく関心がなかったのに、いつの頃からか何かしらスピリチュアルなことに興味を持つようになったという感じでしょうか。ようやく”そういう時代”になったんだなぁ…なんていうのも改めて実感しました。

おもしろいもので、お話を聞いていますと、やはりみなさん自身の生活の中に理屈では説明のつかない「出来事」に出会っていたりしています。「思い返してみればあのときのソレは後のコレのためだったんだ…」ということに気づいたというわけです。…この気づきこそが、目の前にある幸せの数々の扉を開いてくれます。ステキなことですね♪

レイキは、愛と癒しのエネルギーです。自然と調和した生き方になると、心身ともが生き生きとしてきます。レイキはみなが平等に受け取れる宇宙からのギフトなのです。

今日も笑顔ですごせるといいね♪

小さな春見〜つけた♪^^

初めての家族旅行with Ponta…幸せなときを一杯いただきました^^」